海岸ごみについて of 公益財団法人かながわ海岸美化財団

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海岸ごみについて

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「山」あり「川」あり「街」あり「海」あり

神奈川の海岸は、海水浴場が数多くあり、日本では格段に海水浴客が多い海岸といえます。また、丹沢山系に代表される山があり、人口が密集した街があり、それらと海をつなぐ川がたくさんあるのが特徴といえます。このような条件が全て揃っている場所は日本ではないと言ってよいでしょう。

街は、河川の流域のような利用しやすい場所から発展していきます。そして、川は地図上に記載されている本流部だけでなく、じつに細かい支流がそこに流れ込んでいたり、地下水路や下水、用水路とつながっていたりします。
そうして考えてみると、私たちが暮らす社会には、網の目のように水が流れているといえます。
それらが最終的にどこに行くかといえば、「海」です。

海岸のごみを考えるとき、この「水の流れ」がキーポイントになります。

「海岸ごみ」=「海水浴客のごみ」ではない

多くの人が「海岸のごみ」というと来遊客が残していったものを思われるかもしれません。しかし、実はそれは海岸ごみの約3割にすぎません。
「海岸のごみ」=「海に遊びに来た人が残していったもの」という図式は分かりやすいですし、なんとなく納得しやすいからもしれません。また、一部のマナーの悪い人間の行為の結果としたほうが安心するのかもしれません。確かに夏場の来遊客のごみもすごいです。しかし、それが全てではないのです。
海岸ごみは、約7割は川からやってきます。
「水の流れ」が山や川や街にあるごみを全て集めて、海岸まで運んでくるのです。始めは、ちょっとしたポイ捨てにすぎないものが集まれば、うんざりするくらい大量なものになります。そしてそれは繰り返されていきます。

「海岸が汚い」=「社会全体が汚い」

つまり、海岸ごみは、私たちが暮らす社会のごみの集大成といえます。海岸が汚いということは、私たちの「社会がそれだけ汚いのです。私たちはそれだけのごみとともに日常を過ごしています。
そして、私たちはごみに対して
「海岸にあると気になるけど、街中に同じものがあってもたいして気にしない」というところが現実なのかもしれません。

ちょっと下を向いて歩いてみてください。
結構なごみが発見すると思います。それらのごみがどこに行くのかもう一度考え下さい。街中のごみが堆積されていかないのは、誰かが片付けてくれたのかもしませんし、雨という水の流れとともに海まで行ってしまっただけなのかもしれません。

海岸のごみは社会全体の問題です。そして、最後は、そこに暮らす人ひとりひとりのマナーの問題に行き着きます。ここがすぐには変わっていかない部分です。ほんのちょっとしたことが集まると海岸はごみで埋まります。しかし、逆にひとりひとりがほんのちょっとしたことを心がけるだけできれいにもなるといえます。

難しいこと、でもここから始めるしかありません。